戦国期に活躍した忍者その忍者の源流をたどる。

もう一つの陰の系譜・傀儡とは?

もう一つの流れは、渡来者であるもう一つの陰の系譜・傀儡とは?さて、〃陰の系譜″のもう一つの流れは、渡来者である。具体的には、大陸・半島からの帰化人だが、重層的にやって来たそのすべてを指すわけではない。問題はその遅速であって、早い帰化人は選良となり、遅れてやって来た者は、陰に逼塞する。たとえば、早期にアメリカへ移住した白人のアングロサクソンが選良となり、遅れて移住したイタリア系が、暗黒街を形成せざるをえなかった、というようなものである。黒人問題もまた、無縁ではない。ところで、この渡来者たちは、技術や芸能をもたらした。金掘り、医薬の技術や、歌舞音曲、軽業手口叩の類など、多種多様にわたるが、公 に取り入れられたもの以外は、集団をつくって山に篭もったり、あるいは諸国を流浪した。「ぼくは忍術と音曲とは、きわめて密接な関係があると思っているのです」と、故海音寺潮五郎氏がいっている。「日本の固有の音楽があったとしても、それはないに等しいものでありましたから、日本はあらゆる音楽を、きわめて素直に受け入れています。今日残っている宮 内庁の雅楽の中には、シナの幸日楽もあれば、安南の音楽もあるし、ペルシアあたりの音楽だってあります(中略)。 こんなわけですから、初期に向こうから日本に渡ってきた楽人を、朝廷がみんな収容しました。遅れて来たやつは、もうそんなにいらないというので、召し抱えられない。仕方がないので、その連中は賎民(雑戸)になりました。 この遅れて渡来したために、朝廷に収容されなかった連中が、音楽とともに、忍びの術をもってきたのではないかと思うのです。忍術といっても、そのころのものは、観客相手の奇術だったでしょう。それなら、音楽とともに、もってきても不思議はないでしょう」(『史談うらおもてから』)  長々と引用したが、なかなか示唆に富んだ指摘である。帰化人の遅速の問題にも触れてある。そしてさらに、こういっている。「忍術と音楽、この二つの技術が、もっとも密接な関係があることの証拠は、クグッです」 クグッは〃偲偏〃と書く。この一見して不気味な文字には、いくつかのイメージがある。 一つは人形回しであり、二つは雑芸人であり、三つは遊女である。遊女は雑芸の 合間に春をひさぎ、やがて宿場あたりに住んで、遊女そのものを生業とするようになったのだろう。 だいたいこの偲偲という口葉が、もっとも古く出ているのは、『列子』(中国の春秋戦国時代の書)らしい。周の穆王の時代のことで、王が西方へ巡狩(巡視)に行ったところ、人形を献上された。その人形は、内に肝、胆、心、肺などを蔵し、外には筋骨や皮、毛髪、歯などをそなえているというたいそう精巧なものだったそうだ。 人形の精巧さはさておき、西方へ巡狩におもむいたところから、西方伝来であろうことがうかがわれる。高野辰之氏(大正・昭和期の国文学者)の『国劇史概観』には 「我が侭侭は、ジプシー、すなわちチゴイナーと同一種族なのではあるまいか。偲偲はインドから出たものとして、西洋学者も立論しているが、身の丈低く、どうやらインド北西部から出たらしいという。これが西域地方を経て、中国北西部のウラルアルタイ語族の地帯に入り、同語系の我が国へ入り込んだものと考えたい」 と書いてある。 こうなると、すぐ隣の半島や大陸から渡って来たとしても、その源ははるか西域にあったと考えねばならない。 偲偲という文字そのものは、いずれも怪異の意味をもつが、じつは西域の語の音訳にすぎないのだろう。情時代の『燕京歳時記』には、「荷利子とは、偲偏のことである」 という記述がある。荷利子はKulutSだから、日本でKugutSとよぶのは、明らかに転音である。

彼らの生態は、大江匡房の『偲侭記』に記されている。

彼らの生態は、大江匡房の『偲侭記』によると、こうである。「偲偲ハ、定居無ク、当家ナシ。雪盾蔑帳、水草ヲ逐イ、以テ移徒ス。スコブル北秋ノ俗二類ス」 定住せず、したがって家もなく、丸い天井のテントを張り、水草を追って移り歩 男は弓馬が巧く、狩りを行ない、剣や玉を投げ、人形を生きている人間のように舞わせ、砂や石を金銭に交え、草木を鳥獣に化かすなどの芸を見せる。女は化粧して歌をうたい、春を売る。 丑蜘の田も耕さず、一枝の桑もつまず、つまり生産的なことは何一つせず、だから役人の差配も受けることがない。上は王公を知らず、神を恐れず、一生を楽しんで暮らす。夜は夜で〃百神″というものを記り、鼓舞喧燥を極めて騒などというのだ。 百神とは、つまり、〈昭神〉のことだろう。塞ノ神、道祖神である。辻の神であり、性神である。 

西宮の〃エベッサン“では、百太夫という神が登場する。これが百袖鼎’’昭神で、文楽や阿波・淡路の人形の神でもあるわけだ。  彼らのうたうものとしては、「今様、古川様、足利片下、催馬楽、黒鳥子、田歌、神歌、樟歌、辻歌、満固、風俗、呪師、別法師」と列挙してある。いろいろだが、見当のつくものもあれば、まったくわからないものもある。彼らはこうして、漂泊をつづけたらしい。が、たしかに異種のような気がする。「この連中は、一般日本人と全然生態が違う。異民族であることは明瞭です。ョ−ロッパのジプシーとそっくりです。同じものかもしれません」

不可思議・不気味な忍者たち

忍者の源流をたどる

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戦国期に活躍した忍者たち。戦国期の心ある大名・武将は皆、いわゆる〃忍者“ないし〃忍者集団“をもっていた。忍者の行動の根本は、〈情報の収集、ならびに処理〉にある。事をなす者にとって、その必要性はいまも昔も変わらない。働き手の優劣はもとより、使う側の機構・判断力が、ただちに戦略にかかわるものだからである。そんな忍者の秘密に迫ってみました。